Sig’s Book Diary

関心本の収集

『ハチはなぜ大量死したのか』

original: http://blog.goo.ne.jp/sig_s/e/4321a45a14bfa48fa61a3750187fee14
ローワン・ジェイコブセン、2009、『ハチはなぜ大量死したのか』、文藝春秋

原題は、”Fruitless Fall: The Collapse of the Honey Bee and the Coming Agricultural Crisis”、「稔りなき秋:ミツバチ社会の崩壊と来るべき農業危機」というのかな。本書は、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』(Silent Spring)を受けていて、原題もそれを受けている訳だ。カーソンのそれは、春になっても鳥のさえずりが聞こえない未来、それを招く環境破壊を告発するというものであったのだが、本書は、養蜂家のミツバチの巣箱から働き蜂たちが失踪するという2006年以来、アメリカで顕著になったCCD(Colony Collapse disorder = 蜂群崩壊症候群)をとりあげ、昆虫に依存する農業の危機を告発する。

虫媒植物というのは、虫を媒介にして生殖を行う植物で、被子植物で花を持つ植物の多くがこれにはいる。さらに、他花受精する植物が、虫の助けを得て生殖を行うという恩恵を受けていることになる。花蜜で昆虫を呼び寄せ、昆虫の身体に花粉をつけ、同じ種類の植物にとばせて、受粉をさせる。これによって生殖を完結させる。多くの栽培植物は、このタイプである。
多くの昆虫が媒介するのではあるが、一方では、昆虫は食害を栽培植物にもたらすので、駆除する対象でもある。たとえば、蝶々は蜜を吸い花粉を媒介するのだが、同時に卵をうみつけて幼虫は食害をもたらす。植物の戦略は、身を食べさせてでも昆虫が生殖に介入させることでバランスがとれているとみなして、いわば、昆虫と虫媒食物は共進化を遂げていた訳だ。しかし、人間にとってみると、昆虫は栽培植物を奪い合う競合相手となる。農薬は人間に対して影響の少ないものであって、昆虫のみを排除して病虫害を防ぐ役割ををもつ薬剤ということになる。
ここに、大きな矛盾が生じる。昆虫を栽培植物の生殖に利用とすれば、食害が発生し、かといって、それを避けようとすると、再生産効率がおちる。かといって、人手を使って受精させることもできようが、安価な労働力の存在が前提である。
さて、ここで重要な役割を担うのがミツバチという訳である。農薬を撒くタイミングをずらし、この間に集中的にミツバチを動員して一気に受精させる。同時に養蜂家は単一の花蜜を手にいれ、純度の高い蜂蜜を販売することができる。そうしたビジネスが誕生した。
ミツバチは人間のために花蜜をあつめ植物を受精するのではない。長い歴史を持つ養蜂は、農業にとって重要なビジネスとなったのである。しかし、2006年頃から、突如働き蜂たちが失踪し、養蜂家の巣箱が壊滅するという出来事が多発することになった。本書で触れられるように、その原因は判明ではない。多くの原因が複雑に関連しあっているようである。
もともと、ミツバチは季節に咲く花々をめぐってたくさんの種類の花蜜を吸い蜂蜜を作り、花粉を食料にして生存していた。しかし、養蜂ビジネスは、ミツバチたちに偏食を強制するということを意味している。ミツバチの健康は、そもそも、多様な植物から食物を得ることによって保たれていたはずである。このことは人間の食にとっても同様で、関連していると思われるが、ここでは触れない。
また、養蜂家が利用するミツバチは蜂蜜の生産を効率的に行うセイヨウミツバチであってもともと、ヨーロッパにいたものが、養蜂産業によって世界中に分布が拡大することになった。様々な寄生虫や病原菌は、ローカルなミツバチにとっては、免疫を作り上げて耐性を持っているはずであるが、セイヨウミツバチの免疫システムは強制的に移住させられた多様な生態系すべてに適応できるはずもない。寄生虫や病原菌が蔓延する。これまた、現在問題になる人間のパンデミックとも関連する話題であろうが、これもまた、ここでは触れない。
農薬の影響は、いかに時期を外して散布し、その隙間を縫ってミツバチに花蜜を集めさせ花粉を媒介させるといっても、農薬の主たるターゲットはミツバチも含む昆虫である。影響を受けないはずはない。人間は、昆虫が嫌いだろうか。蜂は人を刺すから毛嫌いされ、人家近くで巣が発見されると駆除されることになる。また、蝶々は昆虫採集の対象であるが、幼虫は天敵でもある。しかし、人間の食料生産には昆虫が必要である。この矛盾に満ちた昆虫と人間の関係はどこに行くのだろう。人間はどんどん、人間だけの世界に閉じこもっていこうとしているように見える。
人間の農業は今後ますます工場化されていくことになるのだろうが、そうした際に、ミツバチの手を借りずに人手で受精させていくことも可能だろうが、そのようにして、自然とはなれて、いったい、人間の農業は、人間の食は、そして、人間の生活はどこに行こうというのだろうか。

本書の付録も注意深く読んでほしい。個人で養蜂しないかとか、授粉昆虫を呼ぶような庭作りの勧めも記されている。また、翻訳者によってニホンミツバチのことが紹介されている。少しでも自然に触れ理解を増やすこと、人間と自然との関係を考えること、それが、小さな一歩だけれど、重要な一歩なのだと思う。

ハチはなぜ大量死したのか

ハチはなぜ大量死したのか