Sig’s Book Diary

関心本の収集

『夏の災厄 』

original: http://blog.goo.ne.jp/sig_s/e/945b181371507cbbe8f69d134be86198

篠田 節子、1998、『夏の災厄 』、文藝春秋(文春文庫)

シドニーに仕事で来ているのだけれど、ふらりとよった紀伊国屋で、日本の書店で見つけることができなかった本書を見つけてしまった。もちろん、 Amazonに注文すれば、よかった訳なのだが・・・。定価の倍ほどもとられて、悔しいけれど、つい購入して読み始めてしまった。夜寝る前に読んでいるので、なかなか読み進められず、ようよう読了。時間がかかったけれど、別に、面白くなかった訳ではない。

本書は、東京近郊の昭川市と名付けられたベッドタウンで起きたある夏の新型日本脳炎流行の顛末である。物語は、インドネシアのブンギ島という小島で始まる。伝染病により住民が全滅するのだが、そこに、日本人の医師団が治療か実験に関わっていることが暗示される。
物語は転じて、昭川市の保健センターに勤務する一地方公務員と夜間診療所の看護婦、医師の一夏の活躍に移る。彼らは、新型日本脳炎の流行を押さえるべく、情報収集し、インドネシアのブンギ島にもとび、流行の原因を推測し、意図しない流行の原因をつくった大学病院の開発した「バイオワクチン」をインドネシアから取り寄せて厚生省に緊急認可させて危険を冒して予防接種し、流行を押さえることに成功する。
しかし、本書の肝はこうしたストーリーにある訳ではない。むしろ、日本国家そのものがもっているあるいは、国や地方をとわず行政機関がもっている事なかれ主義や前例主義が以下に、緊急の事態に無力であるかが繰り返し描かれていることにある。実は、寝る前の少しの時間の読書ということもあって、読み進めるのが遅かったということではあるが、もうひとつの理由は、むしろ、腹が立って、もういい、と何度も本を閉じたからである。
本書でかかれる行政組織の本質が、事実ではないと思いたいが、しかし、我々はいま、厚生労働省の、そして、年金庁の経年の怠慢と無策という事実を知っている。また、そのことを、ずっと放置し、それどころか、利権に絡んで甘い汁を吸ったであろう各行政レベルの議員たちの存在を知っている。とにかく、心重く、怒りが込み上げてくるのだ。
かといって、本書でも描かれるように、我々市民も、実にご都合主義である。昨日まで予防接種による感染を告発し、予防接種を拒否してきた市民運動のグループが、一点、「バイオワクチン」の緊急導入に加担するのだ。これが、現実であろう。まさに本書は、このやるせなさと矛盾に満ちた人間の行動を主人公にして描いているのである。

夏の災厄 (文春文庫)

夏の災厄 (文春文庫)