Sig’s Book Diary

関心本の収集

『スナーク狩り』

original: http://blog.goo.ne.jp/sig_s/e/628f169da9ef171598c6ba88b9638e2a

ごく普通の人が、「魔がさす」とか「心の闇」とか「影」によって、特別な状況に追い込まれる。しかも、この特別な状況は不幸にしてさまざまな伏線となってつながり、そして、大きな流れになっていく。一気に読んでしまった宮部ミステリー。

本書のタイトルは、捕まえたと思ったら捕まえた人の姿が消えるというスナークというルイス・キャロルの長編詩に現れる怪物に題をとっている。本書のストーリーは、詳しく追わないが、登場人物たちを一言ずつ紹介しておこう。

修治:同僚の織口は「職場のお父さん」、ふとしたことで織口の秘密を知ったが、織口のいう「私刑ではなく公正な裁判を受けるべきだ」との言葉を信じて、行動に出た織口を止めに走るが、どてんばでスナークを捕まえてしまい、彼は思わぬ行動に出る。
織口:「職場のお父さん」としてよい関係をかもす職場の焦点となる人物だが、かれの心の闇は、別れた妻子を殺した大井と井口への憎しみである。かれらを裁判の過程から救出するという行為を通じて、彼らの心の奥底を「試そう」とする。人の心を試すというスナークを捕まえてしまい、自分自身を見失ってしまう。
範子:兄の国分が信じられず、元の恋人の慶子に結婚式の日取りと次第を伝え、自分自身で兄に直接いうべきことを、慶子にたくそうとしてスナークを捕まえてしまう。
慶子:別れた恋人国分の目前で散弾銃で自殺しようと仕掛けを作り、式場に押しかける。この仕掛けが次々と連鎖を呼び込んでしまう。本当は死にたくないのに自殺を企図するというスナークを捕まえてしまう。
国分:人生は自分自身の生まれた環境から抜け出すことにあると信じ、慶子を踏み台にしてつぎの人生を選ぼうと配偶者を選ぶ。慶子が自分を殺しにきたとしたと信じて、新婚の夜に慶子を殺しにおもむく。彼は、生れ落ちた環境の中で早くにスナークを捕まえてしまったのか。
大井と井口:織口の別れた妻子の命をもてあそび殺害したシンナー中毒の青年たち。判決からいかにして逃れるかといつも自己中心的に考えている。彼らもまた、国分と同じく自分たちの落ち込んだ環境の中で子供のうちにスナークを捕まえてしまったのか。
神谷:会社の総務の人間として、そつなく自分を殺しながらやりくりしているが、そのことが、彼自身の人生にも反映して、妻や姑との関係がうまく行かず、そうした関係が、息子の竹夫の障害となって現れてしまう。彼のスナークは対決を避けるということ。
竹夫:緘黙児となった彼は、物語の最後になって緘黙を破る。「おとうさん!」。宮部ミステリーの中に必ず現れる物語のキーとなる「少年」。かれは、はたしてスナークから逃げ出せたのか?

本書の中では、誰しも「心の闇」を抱えていることが物語のキーなのだが、救いのある類型と救いのない類型にわかれる。前者は、一度スナークを捕まえたとしても、それに気づき悩み、何らかの変化を求める。一方、後者は、スナークを捕まえ人間としての姿を失った事にも気づかず、さらに、悪い方へと歩みを進めていく。
ミステリーとしてはもちろんのことだが、人間論としても大変面白かった。心に突き刺さった。

さて、私はスナークを捕まえてしまっているのだろうか。そして、あなたは?

スナーク狩り (光文社文庫)

スナーク狩り (光文社文庫)