Sig’s Book Diary

関心本の収集

『浮世の画家』

original: http://blog.goo.ne.jp/sig_s/e/fe57e6d72caeafb351955a99594e2888
カズオ イシグロ、2006、『浮世の画家』、早川書房(ハヤカワepi文庫)

ブッカー受賞作の『日の残り』の前作で、この作品も、ブッカー賞を1票差でのがしたという。
日本を舞台とした作品で、主人公の小野は、戦前、画家として日本精神の高揚に力を尽くし画壇に君臨したが、敗戦後、弟子たちにも去られ、子供たちにも疎まれ、筆を折って、ひっそりと暮らす。しかし、彼には、そうした状況について、自分自身の問題として自己反省するより、むしろ、過去を回想しつつ、合理化してしまおうとする。そのことによって自身を納得させて自己破綻をすることなく老後を生き延びていこうとする。
日本を舞台とするが、現実と過去の矛盾を生き抜いていく近代人の苦悩とたくましさ、あるいは、心の強さを描くという意味で、普遍的なテーマを描いていて、次作の『日の残り』のテーマにも通じるものであろう。
原題「An Artist of the Floating World」の訳として「浮世の画家」というのはふさわしい。装釘で表紙絵は浮世絵風の女性が鏡を覗き込んでいて、鏡に映る姿が見えているのは、なかなか意味深であろう。主人公は、男性だから、男役者の写楽ばりの首絵が同じようなポーズで描かれている方が、もっとよかったような気がするが・・・。あるいは、男も女も越えた心の葛藤を描くという意味で、これでよいということかもしれない。

浮世の画家 (ハヤカワepi文庫)

浮世の画家 (ハヤカワepi文庫)