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『深層水「湧昇」、海を耕す!』

original: http://blog.goo.ne.jp/sig_s/e/af3da60c3bb9e3a80154c53c751de26d

長沼毅、2006、『深層水「湧昇」、海を耕す!』、集英社新書

本書は、生物海洋学の研究者として、生物と海洋に関わる現象の研究に従事する著者が、次第に100億人へと近づく地球人口の食糧問題に焦点をあてて、深層水の「湧昇」をキーワードにまとめた好著である。

地球の自転や自転軸の傾き、陸海の比率、海流のメカニズム、コリオリの力などの地球科学的なマクロな状況設定とこうしたマクロな状況のもとでの食物連鎖。人間も例外ではない。すなわち、窒素やりんなどのミネラルを捕捉する植物プランクトン、これを捕らえる動物プランクトン、さらにこれを食する稚魚や小魚、これを捕らえるさらに大型の魚類、生物の死体や排泄物を分解していくバクテリアなどにいたる、生物の食物連鎖である。農業や栽培漁業を構築したとしても、やはり、それも食物連鎖の中での話ではある。こうした食物連鎖を踏まえた一方的な資源搾取につながらない食物獲得のメカニズムを見出す必要があるのである。

本書の結論は、大きく二点、深層の富栄養を生物相豊かな表層に運び揚げる湧昇を人工的に制御できれば、栽培漁業をこえて人類の巨大な食卓をまかなえるとするものがそのひとつである。もうひとつは、食物連鎖の頂点に近い捕食動物(つまりはマグロ)を獲るのではなく、食物連鎖の底辺に近い動物(たとえば、オキアミ)を獲ることにより、食糧問題の解決が見出せると言う指摘である。

私は、言うまでもなく生物海洋学の門外漢ではあるが、この手のマクロなバックボーンを持つ研究に大変興味を引かれる。以前に評したことのある『スノーボール・アース』や『人体 失敗の進化史』などがそれである。キーワード的に研究領域を並べるとしたら、地球科学、生物学、進化学およびこれらの複合領域であろうか。

本書はマクロな研究が深層水湧昇という現象をめぐって食糧問題と言う喫緊の課題に出会ったと言うことなのだが、こうした、目に見える成果(たとえば、地球科学が地震研究でもあるといったこと)があればこそ研究資金が得られると言うものでないことを望む。息の長いマクロな研究への研究支援についても十分行うことが重要なのである。

最近、大学の学部や研究科の名称がわかりやすいとはいえ、結果に結び付けられるような傾向がある。たとえば、本書の著者の履歴をみると、かつての所属は「生物生産学部」である。どうも、即物的で遺憾なネーミングではある。これは、文系の学部や研究科でも例外ではない。なんとか、即物的ではなく、骨太な感じにならないものだろうか。いかん、ぼやきになってしまった。

『スノーボール・アース:生命大進化をもたらした全地球凍結』:http://blog.goo.ne.jp/sig_s/e/70bb7aef0f25b890840366dfd202f8b2
『人体 失敗の進化史』:http://blog.goo.ne.jp/sig_s/e/ab8da660d9e83d24d516704226c397cd

深層水「湧昇」、海を耕す! (集英社新書)

深層水「湧昇」、海を耕す! (集英社新書)